緊急寄稿:危機管理のプロが、台風19号による災害を振り返る。

オンザロードマガジン本誌で「ザ・サバイバル」を連載中、Jeepに乗る危機管理のプロ、水野高太郎が緊急寄稿。台風19号による災害を振り返る。

 台風19号は「100年に一度」を超える規模で大雨を降らせて、列島各地で甚大な被害をもたらした。安倍首相は10月17日に台風19号による災害を「 特定非常災害」に指定することを決めた。被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。(特定非常災害措置法に基づいて指定されるもので、著しく異常で激甚な非常災害が発生した時に、内閣総理大臣が指定する。指定されると、被災者に行政上の様々な特例措置が適用される。)

 今回の台風19号に際しては、今年9月の台風15号が千葉県を中心に甚大な被害をもたらしたこと、また台風19号が非常に危険な台風であるというニュースが早くから流れたことにより、多くの皆さんが災害に対して「事前の備え」をしていたように思う。首都圏では、台風到達前日の11日金曜日には、各交通機関が計画運休を発表。大型商業施設なども計画休業を発表した。金曜の夜に自宅最寄り駅前のスーパーに立ち寄ると、パンやカップ麺、電池やカセットコンロのガスカートリッジなどが売り切れていたことに驚いた。

 台風が来襲すると、非常に短時間で各地の河川は増水し、多くの方々が避難勧告/指示を受けて避難所に避難している。1999年と2007年にも世田谷区で多摩川が避難判断水位を超え、避難勧告が出された。しかし99年に避難所を利用したのはわずか2人、07年は、5世帯7人だけだったことに比べると天地雲泥の差だ。

 しかしながら、台風が過ぎ去ってみると多くの方々が怪我をされたり亡くなられたりした。東京近郊では、利根川や荒川は持ちこたえたものの、多摩川が越水するなどして被害が発生。利根川は渡良瀬遊水地、荒川は彩湖(さいたま市にある遊水地)や首都圏外郭放水路(地下に設けられた巨大な貯水施設)が調節機能を果たしたことが大きい。ちょっとした豪雨ですぐに氾濫していた神田川は、妙正寺川、善福寺川とともに環状七号線地下調節池が整備されたことにより、ことなきを得ている。ところが多摩川にはそのような調整機能はなく、今回は想定を上回る水量により災害が発生してしまった。

 多摩川には田園都市線二子玉川駅の上流側に一部堤防のない箇所があり、今回はここから越水が始まった。一部では「住民の反対運動で堤防が作られていなかった」と言われているが、実は住民が反対運動をして建設差し止めの訴訟まで起こした部分は、住民の敗訴により2010年に完成しており、事実ではない。堤防が無かったのは、国土交通省が地元と調整しながら、これから整備していこうと考えていた場所である。

さて、今回の台風19号による災害を振り返って気になった点を挙げてみたい。

1)災害を知る:長野県では千曲川の氾濫によって北陸新幹線の車両基地が水没、多くの車両が水につかってしまった。20193月に長野市が発表した洪水ハザードマップと今回の浸水域はほぼ一致している。千曲川は過去に何度も洪水が発生していることから、長野市内の要所に被害の教訓として「洪水痕跡水位標」を設置していて、新幹線車両基地のそばにもある。

『過去の災害史を調べる』

『ハザードマップを確認する』

この2点は、災害対策をする上で基本であることは、様々な機会を通じて申し上げているが、残念ながら今回の車両基地では考えられていなかったようだ。東京から新大阪行きの新幹線に乗ると、新大阪に到着する前の右手高架下に鳥飼車両基地が見える。この車両基地は、1967年の「昭和427月豪雨」で水没したが、事前に車両を高架になっている本線上に待避させて事なきを得たという逸話が残っている。当時は水害を想定した訓練が定期的に実施されていたという。あらためて、自宅や会社、各地の工場・営業拠点などのハザードマップで、どのような危険があるのか確認することをお勧めする。その結果例えば水害が発生する危険性があるのであれば、電気設備やサーバーなどは2階以上に移動するなど、考えられるハザードに対する対策をとるべきだ。

ハザードマップは、国土交通省が運営するポータルサイト(以下のリンク)が便利だ。このサイトは、洪水、土砂災害、津波、道路防災情報など様々な情報リストを、地図上に自由に重ねて表示できる機能がある。

https://disaportal.gsi.go.jp/

2)避難:残念ながら今回の台風でも避難のタイミングを失し、何よりも大切な命を失ってしまう事案が発生してしまった。どのタイミングで避難するかは、それぞれ置かれた環境や、能力によって異なる。事前の情報収集、そして避難計画を立てておくことが重要だ。前項のように、まずはハザードマップによりどのような危険があるのか、そして過去どのような災害が発生したことがあるのかを調べることが第一歩である。次に、想定される災害に対してそれぞれ状況と能力に応じて水平避難(避難所に移動する)や、垂直避難(二階以上の階に移動する)などの方法とタイミングを決めるのである。市区町村が発表する避難情報にとらわれることなく早め早めに行動することが命を守ることに繋がる。

3)柔軟な対応:災害対策で何よりも重要なのは「柔軟な考え方・柔軟な対応」である。今回の台風災害では、反面教師となるような事例がいくつか発生した。

【事例1】東京都内のある区が、避難勧告を出して避難所を開設した。そこに避難してきたホームレスを「区民ではない」、「住所がない」という理由から避難させなかった。

【事例2】ある町で断水が不可避となり、状況について逐次情報交換していた陸上自衛隊に「給水車の要請を県を通じて依頼する」と話しをした。陸上自衛隊は早速給水車を手配して、町役場に到着したのが午前7時30分。町は県に派遣の要請を出したが、県の災害対策担当は、「自衛隊に要請する前に、まず県や日本水道協会に支援を求めるべきだ」として、要請を事実上断ってしまった。県の手配した給水車がやってきたのは、午後1時過ぎだったという。この対応について、県は「ルールに沿って対応したもので、間違えはなかった」とコメントを発表している。

いずれの事例も報道されていることをできるだけ事実と思われる点を抜き書きしているので、事実と異なる点があればご容赦いただきたい。何よりも一番大切なのは「命」であるという観点から考えれば、もっと違った対応ができたのではないかと考えられる。

4)浸水災害後の対応:自宅や事務所などが洪水により浸水した場合、まずは感染症対策(消毒とカビ対策)をしなければならない。洪水の水や泥には、下水などが混じって感染症を引き起こす細菌がたくさん含まれている。泥をかき出したり掃除をするときは、水や泥が肌につかないように長袖・長ズボンに手袋、マスク、長靴を着用する。浸水した部分は消毒をしなければならないが、市区町村が対応してくれるはずなので、まずは相談してみるとよいだろう。クレゾール石鹸液やオルソ剤がある場合には、用法に従い水溶液を作って散布する。また室内は雑巾などで水拭きして泥などを落とした後、逆性石鹸などで拭くとよい。浸水した井戸水は、水質検査をして「飲用可」となるまで、飲んではいけない。また泥が乾燥すると細かい土埃が舞い上がるので、マスクは必須アイテムとなる。

水野高太郎:東京シングルナンバーのウイリスM38と2013年型ラングラー・アンリミテッド、新旧のJeepを所有。災害対策や危機管理に関する執筆のかたわら、全国の企業、自治体などに危機管理アドバイザーとして講演やアドバイスを行う。またファミリー向けの防災教室を開催、“もしも”の時の備えについて、わかり易く伝えることをライフワークにしている。

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