これが全長25cmほどの模型であるとは、にわかに信じがたい完成度。超精密なモーターサイクル模型をワンオフで作る「匠」、高梨廣孝氏。千葉県にある工房にお邪魔し、その製作秘話を伺った。
高梨氏は大学で、鍛金(たんきん/絞りや叩きによる金属加工法)の技術を習得。卒業後は日本楽器製造株式会社(現・ヤマハ株式会社)に就職、30年以上にわたりプロダクトデザイナーとして活躍した。
「実はデザインの仕事をしながらも、鍛金がやりたくてうずうずしていました。そんな折に出会ったのが、ジェラルド・ウィングローブの作品です」
ジェラルド・ウィングローブとは、クルマや船舶の精密模型を作るイギリス人作家で、2000年に大英帝国勲章を授与されたほどの人物。まさに模型界の「神」である。
「自動車模型には既に『神』がいる、そこで自分はモーターサイクルを作ろうと考えました。1/9サイズだと、例えばエンジンの冷却フィンは厚さ0.2mm〜0.3mm。薄い金属パーツを表現するには、鍛金が最適なのも理由です」
その製作過程は時計や家具作りの職人が使う精密作業用の道具で叩く、削る、切るといった手作業が中心だが、より正確な模型作りのためにCADや3Dプリンターといった先端テクノロジーも積極的に取り入れている。模型を作るにあたり実践しているのは、実車を間近で見て採寸することだという。
鍛金用の金床、フレーム成形用のプラウッド製治具など、高梨氏の模型作りに欠かせないベースの数々。
鉄道模型用や時計用のネジで組まれているので、ほぼ実物同様に分解が可能。
クルマ2台が余裕で収まるガレージも、高梨さんが自ら建てた物。植木の手入れ用具などが整然と納められている。右に見えるのは、模型の資料として借りた初期型V-max。この車両のオーナーは、なんと初代V-maxのデザインを手がけた、GKダイナミクスの一条厚氏だ。
「本物のもつ雰囲気をつかむためには、写真や図面だけでは不十分。構造を理解し、外から見えないような部分も省略せずに作らないとリアルな物にはなりません」
だから製作すると決めた車種の写真や図面など可能な限りの資料を集め、探し出してでも実車を見に行き、取材も丁寧に行う。
年に2、3台のペースで、これまでに40台ほどを製作してきたが、このV-maxは1000点以上のパーツで構成された大作ゆえ、9ヶ月以上の製作期間を要した。
「あくまで個人的な趣味ですから、今後も自分が作りたい物だけを徹底的にこだわって作っていきたいと思います」
高梨さんの作品は全て1点物。そして、非売品である。
これからも素晴らしい作品を製作し、私たちを驚きと感動を与えてもらいたい。
1:9 V-max specifications
Length: 256mm
Width: 88mm
Height: 129mm
Wheelbase: 177mm
Weight: 1090g
photo: Gao Nishikawa
text: Yoichi Suzuki