"凄いメカニズムを後世に伝えたい。"メカニカル・イラストレーター 佐藤元信

「名前の出ない仕事をやってきた。僕は黒子、作品に自分の名前をサインするなんて考えたこともなかったね。」
そう言って笑うのは、イラストレーターの佐藤元信さん。
ORM読者貴兄ならクルマのカタログやプラモデルの箱絵などで、佐藤さんの作品を一度は目にしているはず。
八ヶ岳を臨む小淵沢の別宅を訪ね、お話しを伺った。

 愛読していた少年雑誌に掲載されていた小松崎茂氏のイラストに衝撃を受けた。(小松崎氏は戦前から活躍、未来の世界を描いたメカニカルイラストの巨匠。サンダーバードのプラモデルの箱絵でも有名)その後、百科事典に載っていた機械の構造図を見て「描きたかったのはこれだ!」と思ったそう。
「近所で実物を前に絵を描いていると、機関車の操車場では機関士が、バス会社では運転手が機械の仕組みを教えてくれた。そうやってメカを覚えたんだ。」
 佐藤少年の話しを真面目に聞いてくれなかった学校の先生に、イラストで機関車の仕組みを説明したら、とても感心してくれたのも、嬉しい思い出だという。
 美術学校へは進学せず、図面から船の完成予想図を描くアルバイトについた。ある日「船の絵は素晴らしいけれど、波が今ひとつだね。外洋に出て勉強するといいよ。」と職場のスタッフに言われた。『15少年漂流記』や『白鯨』を愛読、船乗りにも憧れていた佐藤さんは、19歳から5年間を船上で過ごした。
「雑用係だったけど、出港セレモニーからはじまる船旅にワクワクした。長い航海を経て陸地が近づくと、ランドスメル=陸地の匂いでそれとわかる。とてもロマンチックなんだ。」
 帰国後、広告制作プロダクションでイラストレーターとして経験を積み、2年後に独立。得意の構造図が強みになり、自動車、建設機械、模型などのメーカーや雑誌に作品を提供。現在に至るまで手描きのメカニカルイラストを描き続けている。

佐藤元信さんのメカニカルイラストのほんの一部。
画像上:読者も見覚えがあるはずなタミヤ模型の箱絵
画像下:黄色いホイールローダーはコマツの海外向けカタログ用

いすゞロデオのカタログ用や、連載中の雑誌キュリアス用のモノクロ作品など。現行ジープの構造図はタイガーオートのポスター用だ。

 そんな佐藤さんの愛車は三菱ジープJ58。
「現代のSUVと比べれば乗り心地がタフで運転も大変。しかしそれが魅力なんだ。」と笑う。ジープの凄さはそのシンプルさにあるとも。「単純な構造、低速トルクが強力なエンジン、優れた整備性、そして壊れにくいというクルマの基本性能はしっかり備え、それ以外を捨て去った潔さがいい。」
 男の子にとって四輪駆動車や働くクルマ、機関車などは理屈抜きでカッコいい、憧れの対象だ。佐藤さんは子供の頃のまま、これらの機械を愛し続けている。
「かつて日本の産業の中心は、船舶や鉄道、航空機の設計・製造だった。世界に先駆けた技術もたくさんあった。しかし残念なことに、それらは戦後一度封印されてしまったんだ。自動車を本格的に手がけるようになったのはそのあとなのだから。」
 時を経た現代の機械は、少しばかり先進的すぎると佐藤さん。
「人間の感覚と乖離しているところもあるのではないかな。」と警鐘を鳴らす。
「僕はメカが好きだから、その構造を知って欲しいから、ブレることなくこの仕事を続けてきた。イラストを通して世界の、そして日本の、埋もれてしまいそうな凄いメカや技術を後世に伝えたい。これからもそんな思いで、ずっと絵を描き続けていきたいね。」

画像上:愛車の三菱ジープJ58と佐藤さん。フロントフェンダーのカスタムを含め、整備・修理もご自分でこなす。
画像下:小淵沢のガレージに保管している、ランニングコンディションのミリタリーヴィークル、1959年製ダッジM37B1。

佐藤元信
宮城県・石巻の港町で生まれ育つ。
雑誌や図鑑のメカニカルイラストに憧れてイラストレーターを志す。乗り物全般が得意分野で、広告やカタログなどの印刷物用のイラストや構造図、プラモデルの箱絵などを多数制作。現在も手描き一筋。埼玉を拠点に雑誌キュリアスでの連載、タイガーオートの広告やポスターイラストなど、さまざまなフィールドで健筆をふるう。

photo: Kazumasa Yamaoka
text: Gao Nishikawa

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