ロスの老舗ハーレーディーラー、そしてレーストラックで腕をふるうメカニック、星野充。

星野充くんと出会ったのは2004年、彼が新天地アメリカに発つ直前だった。明るく快活な若者、それが第一印象。そんな彼の傍らには可愛らしい奥さんがいた。星野くんは今、アメリカ・ロサンゼルスのマリナ・デル・レイで、ハーレーダビッドソン社がマスターオブテクノロジーの称号を与えるベテランメカニックとして腕をふるう。勤務先のバーテルズ・ハーレーダビッドソンは、レースでも名を馳せる老舗ディーラー。憧れだったバーテルズで、レースディビジョンのチーフメカニックとしても活躍している星野くんがそこに至る道程には、周囲の理解や協力、そして持ち前の粘り強さも欠かせないものだった。

バーテルズでスタッフや顧客から"Mitsu"の愛称で親しまれている星野充くん。そのキャリアは渡米よりさらにさかのぼること10年、地元のハーレーダビッドソン正規販売店からはじまる。ハーレーダビッドソン山梨に就職、社長の井上修氏のもと、ハーレーのメカニックとして基礎から応用まで多くを学び、店長を任されるまでになる。そんなある日、休暇で出かけたアメリカでカルチャーショックを受ける。そして「ボンネビルのスピードトライアルやAMAのロードレースなど、ハーレーの生まれ故郷で自分を試してみたい」そんな思いに駆られた。そして「行くなら、レースで磨かれた高い技術力をもつディーラー、バーテルズに入りたいと思ったのです」と星野くん。2004年、ハーレーダビッドソン山梨を辞して奥さんとともにロスに渡る。メカニックとしての仕事には自信があったが、英語はしゃべれない。最初の3ヶ月間は語学学校に通った。そして何の後ろ盾もなくバーテルズを訪ね、社長のビル・バーテルズ氏に「働かせて欲しい」と直談判する。「最初は変な顔をされました。でもNOとは言われなかったので何度も通った。今思えば言葉もろくにわからない、ただの怪しい日本人ですよね(笑)。」それでも自分なりにバーテルズやハーレーに対する思いを伝え続け、6回目にOKをもらった。「妻の理解と応援があってのことですから、決まった時は二人で大喜びしました。」と当時を振り返る。古巣であるハーレーダビッドソン山梨の存在も欠かせないとも。「井上社長は僕のアメリカ行きを二つ返事でOKして、応援してくれた。そもそも手取り足取りメカについて教えて頂いたことで、こっちでも即戦力になることが出来た。社長は良き理解者であり、恩人です。感謝してもしきれない。」
憧れの地で仕事をする夢は叶ったが、バーテルズはすでにレース活動を行ってはいなかった。また商習慣の違いにも直面する。「アメリカのハーレーディーラーでは、お客さんがメカニックを指名する『コミッション制』が一般的。給料も歩合です。仕事ができなければ指名もない、どんどんレイオフされるんです。厳しい競争社会ですが、僕は逆にやり甲斐を感じました。必要があれば朝早く出社したり、残業することもある。メカニックとしてやるべき事を確実に、少しずつでもこなしていく、そんな気持ちで日々を送っていました。」そして『バーテルズでレースをやりたい』という思いも社長やまわりの人たちに粘り強く伝え続けた。

ここが星野くんに割り当てられた仕事場。フロントにもっとも近く、3台のリフトに載せられるモーターサイクルは常に入れ替わっている。

星野くんのユニフォームに付けられたパッチが彼のキャリアの証。

数年経ったある日、社長に呼ばれた星野くんは「プロを雇ってレースをやるから、メカニックをやってくれ」と、嬉しいオファーを受ける。出場するのは全米のレーストラックを転戦する、AMA XR1200PROシリーズ。サポートメカ2人とともに2台のハーレーを走らせるのだ。しかしレースをやることになったからといって、ディーラーのメカニックとしての整備・カスタム・チューンングの仕事は減るわけではない。むしろ増えたという。「レースで上位に食い込んでいるとお客さんもそれを見ていて、仕事の依頼につながる。指名してくれるお客さんが増えるのは、メカニックとして嬉しいものです。」日中はお客さんのハーレーをいじり、レースの前になると深夜までレース用のマシンをメンテナンスする。「東海岸でのレースが多いので移動距離も長い、両立は大変ですが、僕にとってはいい忙しさ。楽しみながらやっています。(笑)」と語る星野くんが率いるバーテルズ・レースディビジョンは今の体制になって2年目。ライダーやスタッフとも気心が知れ、レーストラックごとのデータも揃ってくる。2013年の初戦であるデイトナでのテイラー・オハラ選手による優勝は格別だったそう。「まさかここで勝てるなんて、感無量でした。」とはいえ、国内外から速いライダーが集まるコンペティティブなレース、簡単には勝たせてもらえないとも。昨年はゼッケン29、オハラ選手がシリーズ3位。今年もあと2戦を残す9月上旬現在でオハラ選手が5位、ゼッケン10、ジョシュ・チサム選手が9位につける。「マシントラブルや転倒などもあって悔しい思いをしていますが、シリーズ・チャンピオン目指して前進し続けます!」と至って前向きだ。
そんな彼のパワーの源は、奥さんと過ごす憩いの時間なのだという。「週末もレース転戦でなかなか一緒にいることが出来ないですから、今もシーズンオフには一緒にどこに行こうか考えています」夢をひとつずつ実現しながら着実に前進する星野くん、そんな彼の活躍をこれからも陰ながら応援したいと思う。

Photo: Taka Masui, Brian J. Nelson
text: Gao Nishikawa
special thanks:
BARTELS' HARLEY-DAVIDSON
http://www.bartelsharley.com

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