日産フェアレディZ、そのデザインの現場を訪ねる。vol.1

誕生50周年の節目に、新旧フェアレディZにいろいろなカタチで触れてきた本誌編集長GAOニシカワ。イラストレーターやデザイナーとしての顔も持つGAOが今回訪ねたのは、日産自動車のグローバルデザインセンター。同社のデザインが生み出される現場を訪ね、さらにフェアレディZのデザインに携わった方々にお話を伺った。

 神奈川県厚木市郊外にある日産テクニカルセンター(NTC)。その中にある『日産グローバルデザインセンター』は、鶴見と東京都荻窪のスタジオを統合して1982年にオープン、今回訪問したのは2006年にリニューアルした新しいデザインセンターだ。さながら美術館のような空間は、グローバルと呼ぶに相応しい圧巻の佇まいである。

 「コミュニケーション&コラボレーションをコンセプトに作られたデザインセンターは、ここですべてのデザイン開発が行えるようになっています。欧州、アメリカ、中国にも同レベルの施設があります。」と説明してくれたのは、同社グローバルデザイン本部の杉野元さん。3つのフロアからなり、モデラーの工房が1階、デザイナーのスタジオは2階にある。全長300mの廊下を挟み左右にオフィスを配するというレイアウトがユニークだ。「ガラス張りの明るいスタジオや、原寸大モデルを並べて比較検討する屋外検討場は、光の当たり方が一定になる北側にあります。」建物の中には居心地良さそうな打ち合わせや談話のためのスペースがあちこちにある。歴代車種が生み出される過程で制作されたレンダリングや図面、精密模型などが保管された『アーカイブギャラリー』は、照明が落とされたバーのよう。ワトソン紙に水彩で描かれた50年代のデザインスケッチや、GM出身のデザイナー、トム・センブルが持ち込み70年代以降スタンダードになったという、ボディの写り込みでスタイルを表現するリフレクションレンダリングの実物、かつて銀座の天賞堂に製作依頼していたという精密模型など、時代の息遣いを感じる貴重な品々が大切に展示されており、スタッフはここでいつでも日産車の歴史に触れることができる。

 かねてから交流のあった同社のデザイナーで、この機会をセッティングしてくださった藤原正英さんは、広いホールに新旧のフェアレディZを並べて筆者を迎えてくれた。集まってくださったのは、藤原さんをはじめ現行フェアレディZZ34のデザインを手がけた皆さん。先ほど拝見したレンダリングについて話題にすると、藤原さんは「手描きのレンダリングは『重みのある絵』としての価値を感じますね。レンダリングをコンピュータで仕上げるようになり、近頃はVR技術の導入によってプリントアウトせずに製品化する事例もあります。」と話してくれた。「いきなり画面の中で3Dデザインをしっかりと組立てることができるイメージセンスを持った若いデザイナーも増えています。まだ原寸大モデルを作ってデザインの検討をするのが主流ですが、デジタルシフトは日々進んでいます。」そのお話しを受けて、240ZGを愛車にするアドバンスドデザイン部担当部長の山口勉さんが続ける。「日産では、CAD60年代から採用していましたが、デザインのプロセスが本格的にデジタルにシフトしはじめたのは、ここ10年から15年ぐらいです。最近では経営者がVRゴーグルを着用し仮想空間で3D映像を見ながら評価・意思決定をする会議も行われています。」

 長い伝統があり、世界中にファンをもつ日産を代表するスポーツカーを新たにデザインするというプロジェクトとはどんなものだったのだろう。「現行のZ34のデザインでは、まず世界中の日産のデザイナーからアイデアを募るコンペを行いました。Zの歴史の中でも新たなチャレンジでした。」と藤原さん。「選ばれたアイデアをベースに、受け継がれてきたZらしさ=“Z-ness”を盛り込みながら、いかに新しさ=“Newness”を表現するかを考えながらデザインをしました。」と山口さん。エンジニアとデザイナーが一丸となってZらしさ、すなわち「ハイパフォーマンス」「デザイン」「ハイバリュー」を進化させることが命題だった。当時入社間もない若手だったという加藤強さんは、インテリアのパーツデザインを担当。「エルゴノミック(人間工学に基づく)デザインを基本に、SRSエアバッグなどの装備を違和感なく収めながら、3連メーターなどZらしいディテールを継承、適度にタイトなコクピットを作り上げていきました。シフトノブの握り心地や、タコメーター、スイッチ類の配置など感覚的な部分にも気を配りました。」

 皆さんのお話しから感じるのは、エンジニアとのコミュニケーションがとても密であるということ。そしてデザイナーが最高のパフォーマンスを発揮できる環境が整っているということ。EVや自動運転といった最先端の技術をベースにしたクルマだけでなく、感性の乗りものであるピュア・スポーツカーのフィロソフィーもしっかりと継承している日産自動車。次回は顔ぶれの異なるデザイナーの皆さんにもご登場いただき、Z34の誕生ストーリーにさらに踏み込んでみたいと思う。

山口 勉さん(グローバルデザイン本部 アドバンスドデザイン部 担当部長/1988年入社)小学生時代スーパーカーブームの洗礼を受け、卒業文集に書いた夢は「ZGT-Rをデザインする」だった。R33R34 GT-Rのカラーデザインを担当し、部長としてカラーデザイン部を指揮する他、グローバルデザインセンタービルのデザインも担当。愛車はV36スカイラインと、この白いS30 240ZG。お仕事から愛車に至るまで、楽しいお話を聞かせてくださった。

加藤 強さん(写真中央/グローバルデザイン本部 プロダクトデザイン部/2005年入社)スーパーカーのスタイリングに衝撃を受けデザイナーを志す。学生時代、斬新なデザインのクルマを次々生み出す日産デザインに興味を持った。Z34の他、現行セレナ、IMSコンセプトなどのインテリアも担当。愛車はルノーメガーヌ2 RS。現行Z34のインテリアデザインについて、熱心に語ってくださった。

藤原正英さん(グローバルデザイン本部 プロダクトデザイン部/1991年入社)Z32R32スカイラインに共感、チャレンジができる会社だと感じ日産に入社。Z34の他に初代リーフやコンセプトカーなどのデザインを手がけてきた。このページに登場の黒いZ33バージョンニスモは藤原さんの愛車。バイク好きでもある。今回の訪問・インタビューにご尽力いただいた。

杉野 元さん(写真右/グローバルデザイン本部 デザインビジネスマネジメント部/2004年入社)80年代のとんがったクリエイティブに憧れデザイナーを志す。前職は広告クリエイティブ。日産のクリエイティビティの幅広さに痺れ入社。攻殻機動隊とのコラボや、アーカイブギャラリーの企画などを担当。GT-RR33)などを所有。デザインセンター内を丁寧にご案内くださった。

Photo: 日産自動車株式会社グローバルデザイン本部

text: Gao Nishikawa

取材協力: 日産自動車株式会社 グローバルデザイン本部

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